はじめに
指定管理者制度の創設から20年余を経て、制度の実態に対する関心と問題意識が薄れてきているのではないかと感じている。今回、東京区部と多摩地域の統計データから現状を把握してみることにした。
『日本の図書館 統計と名簿』は日本図書館協会から毎年刊行されている。職員については、自治体内の館別に「専任」「うち司書司書補」「非常勤臨時(委託派遣)」に区分され記載されている。(兼任は業務の実態が不明なので省略)
「専任」は自治体の正規職員、「非常勤臨時」は自治体雇用の会計年度任用職員、再任用職員、臨時職員など、「(委託派遣)」は指定管理者、委託業務受託者に雇用されて図書館で勤務する職員である。
全館が指定管理者に委任されている自治体の職員欄は(委託派遣)欄にだけ人数が記載されている。23区ではその他に、指定管理と業務委託によって全館がアウトソーシングの自治体、あるいは全館が業務委託をおこなっている館もある。
公立図書館の正規職員は年々減少し、現在は図書館職員の約20%にすぎない。これは指定管理や業務委託によって、正規職員を低賃金の非正規職員に置き換えてきた結果である。「専任」職員欄の空白は図書館運営に対する自治体の管理運営能力の欠如を象徴しており、先の見えない茫漠とした不安におそわれる。
東京特別区(23区)では図書館に指定管理者制度を導入しているのは17区、導入している区の割合は73.9%で全国の自治体のなかでも特異に高い。全国では指定管理者制度を導入済み、あるいは導入予定を含め307自治体で、市区町村の17.6%にあたる。(「図書館における指定管理者制度の導入等の調査2023 日本図書館協会」)。
23区で指定管理と業務委託によるアウトソーシングによる図書館運営を行っていない直営の図書館は荒川区だけである。
今回の検証で、図書館のアウトソーシングがもっとも浸透している23区の図書館の職員配置の状況から、指定管理者制度、業務委託が自治体全体の図書館運営、マネジメントに及ぼしている影響と課題を明らかにしたい。
添付資料「図書館業務のアウトソーシングと職員の配置」では、23区と多摩地域の図書館についてアウトソーシングと正規職員配置のパターンを5種類に類別した。
① 自治体内の全館が指定管理で正規職員の配置が0人
② 全館がアウトソーシング(指定管理または業務委託)で一部の館に正規職員を配置
③ 全館が業務委託で一部の館に正規職員を配置
④ 指定管理館と業務委託のほかに直営館を含む
⑤ 自治体内の全館が直営
1)自治体内の全館が指定管理で運営されていて、正規職員の配置がない自治体
全館の運営を指定管理者に委任し、図書館サービスのすべてを派遣職員が担っているのは、千代田区など5区である。これらの区では指定管理者の評価、運営の指導などを所管する部署が図書館とは別に設けられている。
・千代田区:地域振興部文化振興課図書館係
・中央区:教育員会図書文化課管理係
・中野区:教育委員会子ども教育政策課図書館運用支援係
・江戸川区:文化共育部文化課図書館運営係
・港区は教育委員会教育推進部図書文化財課図書館係が所管し、「図書館の管理、図書館資料の整備、図書館の運営、学校図書館の支援、読書支援」を担当している。他の区でも同様な業務を担当していると思われる。
指定管理者の評価とは別に、指定管理者が行う図書館運営に支援を行い、図書館の現場でおこるさまざまな事例について指定管理者からの問い合わせを含めて、自治体としての判断を示す組織が設けられている。いわば指定管理者に図書館運営をまる投げしているからこそ、まる投げではすまされないといえる。
指定管理者制度の目的は、民間のノウハウを活かし、充実した図書館運営と経費の削減を行うとされている。しかし指定管理者制度には、民間事業者にどのようなノウハウを求め、そのノウハウを図書館業務の中に組み込み、公と民の役割分担をどのようにしていくのかという制度的仕組みが組み込まれていない。実態は図書館業務の丸投げ委託になっている。それがEU諸国などとの相違点として指摘されてきたところである。
自治体が指定管理者に提示する「業務仕様書」は、それまでの図書館運営マニュアルに、指定管理者への要望を含んだものにすぎない。要望を応えたことに対する適切な報酬や応えられなかったことに対するペナルティなども明示されていない。
たとえば、豊田市中央図書館管理運営業務仕様書では、「現状を踏まえた図書館のサービスの提供についての仕様を示す。ただし、実施に際しての具体的な手法については、そのすべてを網羅したものではなく、指定管理者の創意工夫による改善を求めるものである。」とされている。
図書館は定型的な業務を行う、静的な職場という印象があるかもしれませんが、そうではありません。提供するサービスを巡って、常に利用者と図書館員の間に対話や緊張が生まれる。感謝されることもあり、不十分という指摘や新たな取り組みへの要望も寄せられる。図書館サービスという形で利用者に向けて投げられたボールは、利用者から返され、それに応えるボールがまた図書館から利用者に送られる。この永続するキャッチボールに誠実に対応することで、結果としてさまざまな社会的な変化に対応した図書館活動を永続することができる。
私たちの先人は、児童サービスやハンディキャップサービス、多文化、YA、行政支援、高齢者、起業、健康など新たな図書館サービスの対象と領域を見出してきた。これらのことは偶然ではなく、資料と情報を提供する図書館活動の当事者として、利用者の求めにこたえ、変化する状況に主体的に対応してきた結果です。
アウトソーシングという仕組みの中で働く図書館員に求められるのは、与えられた予算の範囲内で、仕様書の通りに仕事をすることです。利用者からの求めにこたえて図書館のあり方を変えるキャッチボールは求められていませんし、権限もありません。その役割を果たすのは指定管理者制度を選択し、指定管理者に図書館業務を委任した行政、自治体自身です。それがどのように行われているかがマネジメントの問題です。
昔、「専門定型業務・図書館の民間委託」と題した研修会の告知があった。図書館を「定型業務」と規定することは、図書館の活動、図書館員の仕事を未来へ続く変化の中にあるものとしてではなく、現在の形で切り取ることにほかなりません。時々の最先端も、すぐに古くなるという常識にあえて目を瞑っているといえる。少なくとも「定型業務」は「成長する有機体」を目指すものではない。
『市場化の時代を生き抜く図書館~指定管理者制度による図書館経営とその評価~』高山正也ほか監修、図書館総合研究所編集、2007年刊行
同書は、指定管理者制度は「単純業務や技術的業務といった業務の区分ごとの外部委託ではなく、判断業務までも包括した、一括での外部資源の活用による公的なサービスの改善」という構想のもとで生まれるに至った。」
そのため、指定管理者制度の持つ本質的な問題点、避けることのできない問題点として、次のように指摘している。
「図書館サービスをはじめとする行政サービスが指定管理者制度を用いて実施されるに当たっての問題点には、サービス業務の経験を通じて獲得される能力(企画立案能力、実行能力等)をいかに発注者・行政側に帰属させるかの問題がある。このことに留意しなければ、発注・行政側には、指定管理者が委託を受けて展開する業務やサービスを評価し、適切な委託先を選定する能力が失われ、結果として、高度なサービスや業務の安定的、継続的に提供する能力が失われることにもなりかねない。本来の指定管理者制度の実施は、その前提として、しかるべき能力を有する指定管理者となり得る組織が存在し、行政側には応募してきた指定管理者候補を評価・指導する能力があってはじめて成り立つ。しかし、日本の現状では、いまだその状態への途上にあるといえよう。」
指定管理者制度は2003年の地方自治法改正によって創設され、3年間の移行措置を経て2006年4月から本格的な運用が始まっている。同書は指定管理者制度の運用開始と同時期に刊行された。編者の図書館総合研究所はTRCのグループ企業(子会社)であり、高山正也は図書館流通センター顧問である。
公共図書館における指定管理者制度の主要な受託企業であり、「しかるべき能力を有する指定管理者」と評価されることが多い同社は指定管理者制度創設の当初から、この制度の問題点と課題を認識していたといえる。
現状で「高度なサービスや業務の安定的、継続的に提供する能力」を自治体が確保するよう志向している図書館はあるがすべての館ではない。本来そのような能力の確保は自治体が取り組む課題で、TRCなどの受託者に委任することはできない。
2022年度までに指定管理を導入した図書館は674館、TRCはそのうち598館の運営(指定管理、委託等)に関わり、うち指定管理は421館と報告されている。(日本出版学会セミナーでの谷一文子報告 2025年2月)
2)指定管理、業務委託、PFIなどを導入しているが、正規職員を配置している
ここでは、全館が直営の荒川区以外の館が対象になる。
荒川区は人口21万9千人、大規模な中央図書館と比較的規模の大きな地域館4館で、正規職員22人(うち司書有資格者3名)と会計年度任用職員等172人。会計年度任用職員を中心にした図書館運営が特徴で、図書館サービスの実務は会計年度任用職員が担当し、正規職員はそれ以外の業務を担当するとされている。
すでに指定管理を導入している館、導入が予定されている館もある。いずれも正規、会計年度、派遣など異なる立場の職員が所属していて、統一的な図書館運営についてさまざまな課題に直面している。
杉並区立図書館の運営にあたる職員に、現場の状況についてのインタビューを行う機会があった。杉並区の事情と23区全体に関わる事情などについて理解を深めることができた。
杉並区立中央図書館 企画運営係長へのインタビュー(抄) 2024年1月23日
・司書は23区一括の採用、杉並区で独自採用することはできない。東京都が司書として採用した職員が区にくることはあったが、区採用はなかった。(23区の職員採用は原則として特別区人事委員会が23区合同で一括して実施している。)
・今、教育や福祉の分野では、なるべく経験者を現場に置くということになっている。制度がないのでどうするか、今までは昔いた人を戻せばなんとかなった。そういう人が退職する年代になっている。
・図書館経験者を再任用で入れていたが、いよいよ人がいなくなってきた。指定管理者がはいってきた。司書の職員がいないと困るので、会計年度で司書を図書館で採用していいということになって選考をした。その人たちを増やして、区からくる一般の会計年度職員をなるべく司書に置き換えて、何とか司書率を確保したい。そうすると若い人がくる。
・本庁から新人は一切来なくて年寄ばかり、それも改めて欲しい。やっと今年、うん十年ぶりに新人がきた。それと、図書館に来たいという若い人を寄こしてくれるようになった。少し状況が変わってきた。
・中央図書館と地域館3館が直営。地域館は司書が再任用しかいない状況。中央図書館に司書を集めていて、これから育成が課題になっている。杉並は基本的に会計年度メインで、職員が管理する。
・指定管理と業務委託を入れているが、しっかり職員が面倒をみて、評価をして指導するということを前提にしている。杉並はしっかり指定管理制度で図書館を運営していると思っている。
・元いた人がいなくなってきたことで、時代の変わり目ということですね。会計年度任用職員になるべく専門的な仕事を担ってもらう。
・中央図書館の窓口は委託していますが、1階の参考のカウンターは有資格の職員がついています。有資格と図書館経験がないと、地域図書館の運営はどうにもならない。これから育てていきたいということです。
・会計年度の人たちは長くいられるというところもあるので、勤務日数は少ないですし、荒川のような昇進制度もないのですが、大事な仕事もやってもらっています。
・岸本区長は同一労働同一賃金の人なので、公契約の最低賃金もすごい上げてきている。
・指定管理者も人件費を上げてくれといわれて、今年度から人件費を上乗せしています。5年間で指定管理を決めているが、人件費を上げた分を載せている。
・今、指定管理者制度をやめて直営にしたら、何百人も配置しなければならないので23区ではできない。
・司書職制度がある横浜市でも、もうもたないということで指定管理者が入っている。人員が足りなし。杉並も13館あり14館目をどうするという話になっていて、図書館の職員を全員正規の職員というのはありえないし、本庁の方も相当職員が少ない。
インタビューを終えて
杉並区の現状からは直営への転換、正規職員による図書館運営が困難であることが説明された。一方で、杉並区では非正規雇用の処遇改善が進んでいることも紹介された。無料原則が確立している図書館の指定管理は、低賃金不安定雇用の存在が前提のビジネスモデルといえる。非正規雇用全体の処遇改善が進むことが指定管理にあたえる影響を注視していきたい。
世田谷区長保坂展人に『国より先にやりました「5%改革」で暮らしが良くなる』という著書がある。「行政には、国で決められた仕事、すでに定番になっている仕事がたくさんある。それは間違いなくやってほしい。ただ、100%継続ではなく、5%は大胆に変えていってほしい。5%は決して小さくない数字で、1年目で5%を変える、翌年、残りの変わっていない95%のうちの5%を変える。これを繰り返していくと8年目で3割以上が代わる。螺旋階段を上がるようにだんだんと、しかし着実に改革していこう。」
指定管理者制度は20年を経た制度で、急に変えることは困難だろう。しかし、指定管理は図書館になじまない。働く人間を大事にしなければ、良いサービスを市民に提供できないということを持続することで、着実な変化に結びつけていきましょう。
2026年7月16日